2007年02月01日

さすらいの銀次郎(44)

なんかいやーーーな感じがしたが、その本人曰く、「本店の客には、一切手は出さないから、安心してくれ。」みたいなことを言われた。

しかし、何度も煮え湯を飲まされているし、簡単には、信用できるはずもない。それにどれだけ客を抜かれているかわかったものじゃない。

翌日から、本格的に引継ぎをおこなったが、やはり中身はかなりいびつな感じだった。預かり資産の金額だけは、多かったが、確定利率の現先取引が数億とか、売買しないで置いてあるだけの株券数億とか、客の数は少なく1人(法人)あたりの金額は大きい。

最初の支店では、自分の作った客で、ピストルで撃ち合っていたようだったが、ここでは、大砲一発という感じだろうか。

ある意味、非常に限られたパイの中で、でかい金額で勝負しなければならない状況であった。

それとなく、どれくらい客が抜かれているかを聞いてみたが、ファミリーの結束は固く、新参者には教えてもくれなかった。

でも、かなり抜かれているのだろう。引き継ぎしていてもかなりやばい状況が伝わってくる。引継ぎの挨拶に行っても、目と鼻の先の支店だから、あんたがくればいい。と露骨に前任者を指名する客もいた。

とにかく3日かけて引継ぎを行ったが、ほとんど言うことを聞く客はいない。これで営業もくそもあるもんか。と思ったが、その言葉を「ぐい。」と飲み込み、明日からの営業に備えた。

翌日から、主要な客には改めて挨拶に行ったが、前任者が開拓して作った客のため、かなり警戒心が強かった。
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2007年01月31日

さすらいの銀次郎(43)

今の支店では、客が悲鳴を上げ、早く逃げ出さないと、とてもノルマを達成できそうにない状況だったので、まさに神風だった。

しかも、花の都「東京」。すぐにでも、行きたかったが、残務整理がある。それと、私の後任には、別の支店の同期がやってくることになった。

支店とは「えぐい」ところで、もう既に疲弊した私の顧客群の中から、使えそうな客は、支店の別の人間が引き継いだ。

まあ、かすばっかりで営業できる状態ではない顧客を引き継ぐ同期に申し訳ないと思いつつ、明日はわが身だと思い、急に東京に行くのが恐ろしくなった。

東京について、本社の前についた時には、期待と不安で一杯だった。早速1階に入り、カウンターでその旨を伝えると、脇の通路から中へ通され、少し奥の営業部に通された。営業部は1部と2部があり、2部の部長のところに挨拶にいった。

まだ相場が行われていた時間で、挨拶に行っても「しばらくそこにいろ。」と簡易の応接に座らされた。

その時間中、大声を張り上げていたのは、その部長だけだった。他の人は節目がちに、客へ電話していた。

「妙にテンションが高いこの部長は大丈夫か?」と思いつつ、株価ボードを眺めていた。

やっと午後の取引が終わり、声をからしたあその部長は、皆を集めて私を紹介した。その後、引き継ぎ者と会い、話をした。

そこでわかったことだが、その人は、本店から電車で10分ぐらいのところにある支店に異動とのことだった。
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2007年01月30日

さすらいの銀次郎(42)

【転勤】
 なんとかかんとか、5年が経過した。3年目からのノルマは非常に厳しく、客はどんどん疲弊していった。

 近隣の支店で、同期入社が2人とも5年以上いるところはなかった。たいがい2年ぐらい経過すると、歴然と差がでて、1人は異動となっていた。

我が同期も、何度も煮え湯を飲まされたが、その度になにくそという思い出がんばってきたので、ここまで来れたのだと思う。

ある意味感謝しなければならない戦友かもしれない。(未だに年賀状は交換しているが。)

忘れもしない。暑い夏の時期の異動だった。まあ、そろそろどちらかが異動だと思っていたが、私が選ばれた。

「東京の本社営業部」異動という文字を見たとき、思わずにやけた。

少なくとも地方の辺鄙な支店ではなく、東京の本社の営業部だ。東京へ行けると思うと、「天下統一」する気分で、うれしくてしょうがなかった。

しかも、東京での引き継ぐ相手が、自分より先輩である人間だ。ある意味、「やったーーーー。」という感じだった。
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2007年01月28日

さすらいの銀次郎(41)

幸い、この時も神風が吹いた。購入当時も、株は上がり続け、かなり危ない水準にきていると感じていた。

しかし、まだ、バブルの8合目までのときだったことが幸いした。その1年後、膨れに膨れたバブルははじけてしまうのだが、その間の状況は、冷静に考えるとまさに異常な状況だった。

猫も杓子も株を買っていた。(実際には、近所のおばちゃんがこぞって株を買いに来ていた。)株価は軽く4万円を超えて5万円になると、どのアナリストも言っていた。

そういう経緯で、幸運にも、国債の金利以上なんてものじゃないくらいの運用ができた。

「客は、国債の利子以外はいらないから。」と言ったが、「また、特別国債頼むかもしれないので、とっといてください。」と言って、受け取らなかった。

でも本当に幸運だったのは、投信のクローズ期間(換金できない期間)が1年であったことだ。これが、2年だったらと考えると今でもぞっとする。

くわばら、くわばら。
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2007年01月27日

さすらいの銀次郎(40)

客は、意表をつかれたように、ぽかんとしている。

暫くして、「もう1年延長?そんな国債今ないと思うけど。」

「預り証には、国債と書いていませんが、私が、1年後に最低限国債の利回りをお付けしてお返しします。」

要するに別のものを買わして利回り保証しているだけである。でも、客によっては、「そんなものは買ってない。現金を返せ。」という場合もある。何度か見てきた光景だ。

「YES」or 「NO」客の回答を待った。

暫くして、客はこう言った。「1年後に保障できることを書面で欲しい。」

痛いところを突かれた。証拠を残すことは、トラぶった場合、決定的に歩が悪い。

「いえ、書面は渡せませんが、信用してください。必ず、お約束は守ります。」

客も簡単には引かない。

「そうは言ってもそういうものがないとこちらも安心できない。」

「ごもっとも(心でつぶやき。)。しかし、今までの応対で信用していただけませんか。必ず約束は守ります。」

客は暫く考えているようだった。そして、最後に、「わかった。今までちゃんとしてくれていたから信用しましょう。」

三途の川から、現世に戻った瞬間だった。もう生きた心地がしなかったが、それよりも、1年間で、1割下がったら30万円を補填しなければならない。

1割で済むかどうかの保障はない。今後1年間苦悩の日が続くのかと思うとぞっとした。
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2007年01月26日

さすらいの銀次郎(39)

しかし、締め切りに数字が出来なければ、村八分状態。こんな切羽つまった中、腹をくくった。

伝票いれて、土曜日に事後了承を取り付けることしかない。

はっきり言って、伝票を入れてから、土曜日まで生きた心地がしなかった。正直、大問題になる予感がしていた。

しとしと小雨がする土曜日。寮から1時間かけて、客のところに向かった。郵便物は、おそらく週明けに届くはずだから、土曜日の段階では、客は何も知らない。

手には、高価なお土産を持って、震える手で、呼び鈴を鳴らした。

名乗ると応接に通された。もう既に、入る時から様子がおかしかったのだろう。

休みにわざわざ来た理由を聞かれた。

もう何もいえずしばらく黙っていた。客は何かを悟ったように、「国債の満期を持ってきてくれたの。」

「どきーー」とうとう大阪城も陥落か。という状況まで来てしまった。

こんな土曜日に会社から現金300万も持って繰るわけがないのを逆に、客のほうがよく知っているはずだ。思いきり嫌味をいわれた。

もうがけっぷちもがけっぷち。

自らがけに飛び込もうという覚悟で、いちかばちか最後の勝負にでた。

「もう1年国債を300万円延長しておきました。」
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2007年01月25日

さすらいの銀次郎(38)

明細を見ると、国債の満期と利息が300万強である。

急いでその客のデータを思い出す。行動パターンを自分なりに解析し、その他の視点からも眺めてみて、出てきた結論は、可能性は限りなく「ゼロ」であった。

でも、「あたって砕けろ。」と思い、客に電話した。

あいにくその客は、1週間ばかり旅行にでかけて、帰りは土曜日とのこと。ここで本人がいて、はっきり断ってくれればむしろ、すっきりしたと思う。

「金曜日まではいない。締め切りは木曜日。」このフレーズを頭の中で2度繰り返した。

すると一休さん宜しく、「チーン」という音と共に、「悪巧み」を考えついた。悪魔が背中をどんどん押してくる。天使はどこへ行ったのだろう。天子は有給休暇かなどとバカなことを考えながら、最終案を纏めた。

最終案はこうだ。

まず、伝票は、締め切りギリギリにいれて、なるべく明細の郵便が届くのを遅らせる。客の要望で、客の明細を持ち届けることにしようかと思ったが、客に電話されるとすぐばれるので、諦めた。

次に預り証を作り変えようか?それだと犯罪になる。それはまずい。

客に明細が配達された所を、郵便箱から抜きとるか?でも仮にそれができたとしても、最終の精算ができない。

どう考えても成功する方法ではないのが、「だまてん」だ。
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2007年01月24日

さすらいの銀次郎(37)

たいがいは、預けている中からのひっくり返しだ。

その手もつきて、まだ数字が埋まらないと、耳元で、悪魔が囁く。

「だまてん、だまてん。」

この「だまてん」が、新種の天丼かなにかだったらうれしいのだが、悪魔がおいしい天丼を紹介してくれるわけもなく、人から預かっているものを本人の了承なく、別の商品に切るかえることである。

多分、これをやることは、将棋の名人戦並みの集中力と先読みが必要となる。何せ、間違った瞬間、自分の首も危うくなるからだ。

でも3年目の投信の締め切りで1度(人間不思議なもので、1度成功すると、またうやってしまうものである。以降も1〜2回やった。幸い大事にはならなかった。)そういう状況に出会ってしまった。

金額は300万ぐらいだったが、どうしても埋まらない。

しかも、見返り日(株・投信であれば売却日から現金になるまで4日かかるので、乗り換えの最終日をさす。)が過ぎている。

その時に行う行動は、決まって、中期国債ファンドの残(現金化が翌日にできる)および預かり金の残の両方を打ち出す。

この行為は、何度も行ってきたことであるが、他にこれしかない。じっくりと眺めていると、その数字に目が釘付けになった。

なんと、数字が300万とちょっと。「これは天の贈り物か。」いや「天の贈り物に違いない。」と勝手に思い込むようになっていた。
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2007年01月23日

さすらいの銀次郎(36)

【だまてん】
ノルマとは、時に、人を悪魔にしてしまう。

株のノルマは、日々あってもそれほど厳しいものではない。何せ、相場で動いているから、思ったようにはいかない。

大抵、月を通して凡そこれぐらいという感じのノルマなので、プレッシャーも少ない。一方、貯蓄ものの投資信託は前にも述べたが、厄介だ。

自分のノルマをみんな出来てなくても数字だけ出して、足らないものを埋めていくという究極のプレッシャーゲームだ。最後、出来なければ、仲間として認められない村八分のせかいなのだ。

一回限りは許されるが、2回目からはかなり風当たりが強い。多分3回やると信用もへったくれもなく確実に相手にされない。

飲みに行くお声もかからない。

そうなると、やめるか、さもなくば異動だ。

そういう厳しい状況の中、皆、数字を読み、相手を説き伏せ、何とか数字を作っていく。

がしかし、時にハプニングが起こるものだ。

3年もたてば、ある程度、先輩同様、戦略的に数字を積み上げていく術を少しづつ学んでいく。

でも、客層の薄さ、戦略の未熟さ故に、それは極めて脆弱だ。先輩たちは、二の矢、三の矢を放って、ハプニングで空いた数字を埋めていくが、3年そこそこでは、せいぜい1.5の矢程度だ。

すぐに終わりがやっくる。前に述べた、動物病院の先生のように、現金を出してくれる場合は、極めてレアケース。
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2007年01月22日

さすらいの銀次郎(35)

このブログで書いていることは私の人生の半分にもなっていない。これからも書き続ける気持ちに変わりはないが、「何時まで?」という問いには答えられない。

この間まで、日々のブログの中にも、アフィリエイトを入れていましたが、最近は文章のみにしました。

なぜか、「無駄だから。」ということに気づきました。

自己請求もやりました。確認の電話の向こうで何とか購入させようと必死になっている営業マンの姿が手にとるように見える。

いくらうまいこと言ってもこちらには一向に響かない。手口が見え見えだから。こちらからすればそんな手口は初歩の初歩。そこから、一歩不踏み込んで、客の心をひっくり返せるかどうかが勝負なのに。と思ってしまう。

それでもこちらにも小金を稼ぎたい気持ちがあるため、話を最後まで聞くのだが、そこまでしてやることにあまり魅力を感じない。

しかし、方法論としてはなりたつので、時間と根気がある人には、生き延びれる手段だと思う。私も最後の最後には、この方法を片っ端から行うであろう。

今はいろんな方法を試しておこうと思う。(そんな時間的余裕はあまりないのだが。)やった結果、成果がでないのは、その人にその才能がないということだと思う。

何の不自由もなくサラリーマン生活を送ってきた者に、そのような才能があるとは到底思えないが、生きるためには仕方がない。

話がだいぶ横にそれたが、要は、このブログが終わるときは、これが私の遺書だと思って欲しい。恨みつらみを書くつもりはない。自分の生きてきたことを忠実に描写することによって証を残したいと思っているだけだ。

今日の記事は、見ていただいている方には、まったく不要な記事だと思う。また、明日から、気合をいれて書いていきたいと思う。

ご清聴(いやご清読?)ありがとうございました。
posted by wind at 20:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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