2007年01月21日

さすらいの銀次郎(34)

【告白】
なぜこのようなブログを書いているのかということを今回は告白しようと思う。

2006年12月7日。この日にブログを立ち上げました。なぜこの日なのか。この日、中年のおっさんは、職を失いました。

40代半ばで職を失い、これからどうすればいいのでしょう。その時思ったのが。「生きてきた証を残したい。」とう単純な思いでした。

無作為に並べられた「アフィリエイトプログラム」が皆様の目に飛び込んできたと思います。

「なんでもいい。」お金になることであれば。と思い、ベタベタと貼り付けて見ましたが、効果は「0」

失業保険と蓄えで、いけるとことまで行きたい。子供たちには、事実は知らせていません。いずれはわかる時がきるでしょう。

いずれ終焉を迎える時がくでしょう。その時は、明日かも知れないし、何年後かもしれません。

その時がきた時、どういう扱いがされるのかわかりません。

最近の日本には、異常な事件が多すぎます。妹を兄が殺し、バラバラにしてしまう。乳房を切り落としてしまう。

なんで。更に、外資系の会社に勤める夫をバラバラにして公共交通機関で運んで捨てる。

異常なる日本で、普通のサラリーマンが消えていくのはむしろ自然なのかもしれない。
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2007年01月20日

さすらいの銀次郎(33)

結婚前に、産婦人科に行くのは、後にも先にもこの時が初めてだった。先生に色々質問され、看護婦には、変な目で見られ、二度と行きたくないところだ。

しかし、その希望もむなしく打ち砕かれ、中絶の日を決め、再度、訪れなくてはならなくなった。

再度、その病院にいく時も、最新の注意を払い、連れて行った。手術はものの1時間で終わったが、本人は、気分が悪いと言い、少しや休んでから、家に送っていった。「とりあえずばれないでくれ。」という思いでその日を過ごした。

こういう経緯があったが、その後は、こちらに負い目があり、主導権は失った。女性は、「子供ができた。」というのが最大の武器なのかもしれない。

なおかつそれを堕した瞬間、「男は奴隷」になるしかなかった。

その後、経過は、はしょるが、今のかみさんはその女だ。2人の女の子がうまれた。「一人は男が欲しかったが、多分、最初の子が男の子だったのだろう。」と今でもそう思う。

風の便りに聞くところによると、本命だった彼女は病気でなくなったとのことだった。

多分、40歳前後だったと思う。

それを聞いた時、人生を真剣に考えなかった自分腹がたった。

今でも、うちのかみさんは元気だ。
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2007年01月19日

さすらいの銀次郎(32)

完璧に演じていたつもりだったが、破綻は訪れた。どこまで知っていたかはわからないが、一人の方から、「**さんとも付き合っているらしいはね。」と事が終わった瞬間に言われた。

まさに「クロスカウンター」が炸裂し、「我が息子」は「KO」され、10カウントを聞くまでもなく、立ち上がれない状態になってしまった。

その場は、「何かの誤解だ。」とか何とか取り繕ってごまかしたが、世の中はそれほど甘くない。

もう一方の彼女に電話したが、「もう電話してこないで。」と冷たい一言とともに電話を切られた。

女2人の間に何があったかはわからないが、少なくとも、「本命」を失ったことだけは確かであった。

本命でないほうについては、今後どうしようと思ったが、若い頃は、どうしても「やりたい」気持ちが先行してしまう。

とりあえず2兎失うより1兎を残しておこうという気持ちが働いてしまった。

とりあえず、今まで通りの関係を続けていたある日、とんでもないことが起こった。いつものようにラブホテルに行くと、「生理がないのよ。」と言われた瞬間、「やばい!」この言葉だけが頭を支配した。

はっきり言って、「俺にその気はない。」という気持ちと、「親にも何も言ってない。」し、「相手の親にも何と言うんだ?」という思いが交錯して、言った言葉が、これ。

「今回は、中絶しよう。」と。とにかく、ここで生むわけにはいかない。との思いだけで、説得した。

彼女もそれに応じ、病院に行くことにした。やばいのは、2人同時に休むと疑われるので(当時、付き合っていることは周知の事実になっていた。)彼女に休暇をとらせ、休んで付き添うという形をとった
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2007年01月18日

さすらいの銀次郎(31)

【恋】
生々しいことばかり話しても飽きてくるだろう。ここで「ブレイクタイム」として恋の話もしておこう。会社に入ると、学生時代とは違い、コンパもないし、毎日残業で、女性と知り合う機会がめっきり減った。キムタクのようにかっこよければ、いろんな出会いの機会もあるだろうが、そうでなければ、自然とそういう機会は社内に求めざるをえない。

入社当時、いわゆる同期入社というのは、男性2名と女性5名であった。新人の頃は、「外務員試験対策」と証して、一緒に机を並べたものだ。

1年先輩の女性たちは、非常につぶがそろっていると評判だったが、翌年は、不作。でも、人間空間を同じくしていると、おかめもよく見えてしまうから恐ろしい。

とりあえず暇なので、一人を誘ってみた。すると「OK」の返事。まんざらでもない。デートはお決まりのコースで高速で神戸に行き昼食、元町をぶらぶら、夜は六甲の夜景。んーーー実にポピュラー。

その日は何もなく帰宅。

翌週。暇だし、もう一人別の子に、デートを申しこんだ。「OK」いけるいける。世の中、簡単に事が進むと思ってしまった。

その子とは、先週のコースをそのままおさらいしただけだった。勉強同様、復習は大事だということを今回理解できた。

「グリコのキャラメルは1粒で2度おいしい。」という宣伝だったが、デートも1コースで2度おいしかった。

いわゆる2股状態だったが、何とか取り繕っていた。その間、何回目かは忘れたが、同じように同じホテルで2度おいしい思いをした。

かなりやばい橋を渡っているという感覚はあったが、「まあ、大丈夫。」と勝手に思ってその関係を続けていた。
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2007年01月17日

さすらいの銀次郎(30)

その後も何度か注文をもらった。(こちらからは一切薦めず。)売却代金の受け渡しがまた大変。普通は銀行振り込みか小切手ですむ。

でも、ああいう方たちは、きまってキャッシュ。この時代に数千万を現金で持って来いとのこと。もって行く身になって欲しい。現金数千万ももって電車で持っていくのはさすがに恐怖だ。常に誰かが見ているのではないか。

ひょっとしてその客の若い衆が奪いに繰るのでは・・。勝手な想像が頭を駆け巡り、生きた心地がしなかった。やっとの思いで届けても、事務所の中に行くと生きた心地がしない。

そんなことが何度かあったと思うが、持ち株を売り切った時点で、取引も終わった。

その後、その関係の客はいなかったが、当時の課長でとんでもない目にあった人のエピソードを付け加えておこう。

やはり、かなり普通ではない部類に属する客であったと思うが、当時、その課長は、その客に自分で株を薦めていた。かなり、出来高稼ぎに徹していたため、1日2〜3度も商いを繰り返していた。

ある日のこと。外周りから帰ってきたその課長の顔面が蒼白になっている。みんな心配して、「どうしたんですか。」と声をかけた。課長は、ポツリと言った。「灰皿を投げつけられた。しかもガラスの灰皿を。」

事情を聞くと、手順を踏んで購入してもらった株が下がってしまったのだという。その道のの人たちには、儲けは自己責任、損は他人の責任というルールがあるらしい。

その課長は、顔面蒼白でぶるぶる震えている。よほど怖かったのだろう。「支店長、一緒に行って下さい。」と泣き入るように懇願したが、支店長は、「これくらいのことはたいしたことはない。ちゃんと清算してきたのだから私がいかなくてもいいだろう。」と平然といってのけた。

とにかく、当時は、責任をとらない連中ばかりだった。
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2007年01月16日

さすらいの銀次郎(29)

頭の中で、今まで思ってきた「普通の人」という定義が粉々に不吹っ飛んだ。

普通の人は、決して自分を普通の人とはいわない。明らかに、「や」のつき職業の人だ。何の会話をしたかはまったく覚えていない。というか、頭もその記憶をとどめておくことを本能的に拒否したのだろう。ただ、早くこの場から出なければ・・。との思いしかなかった。

株券は、震える手で数え、間違いないことを確かめた。預り証を渡し、やっと開放されそうな雰囲気になった頃であった。

「他にも株券があるから、また預けるから。あんじょうよろしく。」
普通の人は絶対に言わないことばだ。更に、「私は、人の薦める銘柄は買わない主義だから。」
「だれが薦めるものか。下がったら、指の1本2本は覚悟しなければいけない。指ならまだましなほうか。」心の中でそう叫んだ。

何はともあれ、命ある状態で、その会社をでた。

「もう二度ときたくないなあ。」独り言を呟き、思い足取りで帰っていった。
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2007年01月15日

さすらいの銀次郎(28)

それから10分ぐらいは探しただろうか。やっと目的のビル(ビルと呼べるほど立派ではなかった。)を発見して、急いで指定された階に行った。狭いエレベーターを降りると、すぐ前に入り口がある。

ノックして、その扉を開けた瞬間、「凍りついた」。扉を開けると、日の丸の国旗だか絵だか忘れたが、それが一番最初に目に飛び込んできた。

その部屋の中には、いわゆる若い衆らしき人が何人もいた。とんでもないところにきてしまった。

「後悔先に立たず」とは、昔の人はうまく言ったものだ。なんせ、地雷だらけの部屋に迷い込んでしまったのである。

「びびったところをさとられてはいけない。」できるだけ平静を装って、用件を伝えた。若い衆の1人が、更に奥の扉に消えていった。

中から、「入ってください。」との聞き覚えのある声。恐る恐る入ってみると、でかい机にふんぞり返って、その人物は座っていた。周りには、助さん、角さんよろしく、2人の若い衆が両横を固めていた。

「そんなにびびらんでもええよ。わしらは、普通の人だから。」
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2007年01月14日

さすらいの銀次郎(27)

【やっちゃん】
この切った貼ったの世界では、やはりこの手の人たちが絡んでくる。最初から、そういう筋の人とわかっていれば、こちらから連慮するものだ。しかし、そうでないケースにあたった。

支店には、新規の客からの電話がかかることがある。(先述した「ラッキーテレフォン」だ)大抵、店頭のカウンターレディー(店頭の若い女性のことをこう呼んだ。)が自分の客にするのが常だが、まれに、男性営業マンに変わって欲しいという客がいて、電話を回してくる。そういう意味では、日頃、この女性たちにも気を使っていなければ、そういう客は回ってこない。(なにせ誰に回すかは、本人の自由だから。)

「男性営業マンをお願いしますとのことです。」と告げられ、その電話をかわった。「そちらでは、取引がないけれど、株券をあずけたいのだが。」電話の向こうでは、穏やかな初老の声がした。

「わかりました。新規の顧客登録用紙と、株券の預かり証を用意しますので、ご住所等詳細を教えて下さい。」

ていねにに応対し、最後に株の銘柄と株数を聞くと、時価で軽く5000万をオーバーしていた。「何をしている人なのか?」「いきなり5000万以上を新規で?」半信半疑で電話を切り、翌日に訪問する約束を取り付けた。

それから、必要な書類を揃えにかかった。でも住所を見ると、どう考えても別の支店の方が近い。なぜ、こちらに電話してきたのか?という疑問が一瞬浮かんだが、「新規で5000万」の響きがその考えを頭の隅に追いやった。

当日、早めにつくように支店をでて、その会社に向かったが、なんせ、初めていく地域で勝手がわからず、時間ばかりがいたずらに過ぎていった。

時計を見ると、約束の時間まであと10分ぐらいしかなくなった。とてもこのままでは、間見合わないと思い、その客のところに電話して、場所を聞いた。
posted by wind at 13:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年01月13日

さすらいの銀次郎(26)

「とりあえず支店長に相談しよう。」

うなだれて、支店長室に向かった。事の顛末を告げると、「あほ」呼ばわりされた。

「しょうがない。今から一緒に客の所に行こう」

支店長車に乗って、客の所に向かった。

客の所に行っても担当者の顔をまともにみれない。支店長が、このことを説明し、侘びたとき、担当者から一言。

「人間間違いはある。気をつけて。」

救われた。たぶん、腹の底では怒っているのだと思うが、優しく言われると更に堪えた。とりあえず、転換社債で穴埋めを約束し、その場は終わった。

「過信はだめだ。」ということを身をもって感じた出来事であった。
posted by wind at 10:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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